江戸の生活と風俗
→読/了
時代小説をちょこちょこと読むようになったので、背景を知っておくと面白いかなと三田村鳶魚の『江戸の生活と風俗』。新聞や雑誌のコラム、講演等を纏めたもの。
資料として読む心算が、すっかり鳶魚の操る日本語の魅力にクラクラ。
とくに講演の記録の語調がおっとりしていて魅力的。何歳のときの講演かはわからないけれど、今では殆ど耳にする機会がない言い回しが使われているので、頭の中では鳶魚おじいちゃんがお話してくれていました。
文章中の現在が何年なのかはっきりしませんが、江戸時代のご近所づきあいと文章中の現在のご近所づきあいを比べて昔は良かったと嘆いているのですが、その現在が戦争の最中らしい記述。
戦争をしていた頃も都市部の近所同士の繋がりの希薄化が問題視されていたのですね。
胡乱とした江戸を自分の中に作りたくて読んだのですが、「江戸趣味」という言葉は、徳川時代というものは長くて文化だって風俗だって変化している、何を指しているかわからんという一章に出会ってなんとなく叱られたような気分に。
今度からこの手の文章を読むときにはいつごろの話なのか年代に気をつけようと思います。でも、この手の本て、大抵年号だけで西暦を付記してくれることが少ないから不便。書いてる方は年号を書けばいつの事かすぐ解るのだろうけれど、読む方にその知識があるとは限らない…
「江戸っ子」という言葉も、単に江戸生まれの人、ということではないというお話。
鳶魚はこの単に江戸で生まれた人を江戸者とか江戸人という言葉で読んでました。
細やかな雰囲気の文章なのですが、批判的なときは随分と手厳しい。ずばっとばしっとときにはぐちぐちと切って捨てます。
その辺りも、魅力的。
品のあるおじいちゃんが、こだわりをもっている部分では口喧しくなる。というのがイイ。
自分が生まれたときには父方も母方も祖父が亡くなっていたので“おじいちゃん”に憧れがあります。
オヤジスキーとは別にね。
<<三田村鳶魚『江戸の生活と風俗』中央公論社 1998 三田村鳶魚文庫23>>
資料として読む心算が、すっかり鳶魚の操る日本語の魅力にクラクラ。
とくに講演の記録の語調がおっとりしていて魅力的。何歳のときの講演かはわからないけれど、今では殆ど耳にする機会がない言い回しが使われているので、頭の中では鳶魚おじいちゃんがお話してくれていました。
文章中の現在が何年なのかはっきりしませんが、江戸時代のご近所づきあいと文章中の現在のご近所づきあいを比べて昔は良かったと嘆いているのですが、その現在が戦争の最中らしい記述。
戦争をしていた頃も都市部の近所同士の繋がりの希薄化が問題視されていたのですね。
胡乱とした江戸を自分の中に作りたくて読んだのですが、「江戸趣味」という言葉は、徳川時代というものは長くて文化だって風俗だって変化している、何を指しているかわからんという一章に出会ってなんとなく叱られたような気分に。
今度からこの手の文章を読むときにはいつごろの話なのか年代に気をつけようと思います。でも、この手の本て、大抵年号だけで西暦を付記してくれることが少ないから不便。書いてる方は年号を書けばいつの事かすぐ解るのだろうけれど、読む方にその知識があるとは限らない…
「江戸っ子」という言葉も、単に江戸生まれの人、ということではないというお話。
鳶魚はこの単に江戸で生まれた人を江戸者とか江戸人という言葉で読んでました。
細やかな雰囲気の文章なのですが、批判的なときは随分と手厳しい。ずばっとばしっとときにはぐちぐちと切って捨てます。
その辺りも、魅力的。
品のあるおじいちゃんが、こだわりをもっている部分では口喧しくなる。というのがイイ。
自分が生まれたときには父方も母方も祖父が亡くなっていたので“おじいちゃん”に憧れがあります。
オヤジスキーとは別にね。
<<三田村鳶魚『江戸の生活と風俗』中央公論社 1998 三田村鳶魚文庫23>>



