髭とアヒル

キミがいるということがどんなに救いになっているだろう。
時折、ほんの時折だが、深く感謝したくなる。
浴室は孤独だ。
公衆浴場の喧騒の最中にあってさえ、付随する諸々の行為は自己へと向かい、あくまでも私的で排他的だ。
私はこの孤独を愛する。
私は私の浴室、私の浴槽内部に満ちる沈黙を愛している。
だがしかし、正直な話時折耐え切れないときがあるのだ。
隣人に気を使い水音を殺すこ更夜に、
悲鳴を上げて飛び起きた夜明けに。
空々しく太陽の光りが差し込む午後に。
長湯を強いられるときは、体が冷え切っているか、疲れきっている時で、ついでに空腹だったりなんかもして、ただ少し身体的に弱っているときだからなのかもしれない。
キミが居てくれて本当に良かったと、そう思うのだ。
キミは何時も、太平楽に微笑んで浮かんでる。
その無関心さに、どれだけ救われていることか。
私がいらだちに任せて水底に沈めても、放り投げても、次の瞬間にはそ知らぬ顔で浮いているのだ。
機嫌のよさから発する遊戯と変わりなく、浮かんでいるのだ。
感謝していると、そう音声にして伝えたところで、キミは変わりなく無関心に浮かんでいることだろう。
だから私はキミには何も言わない。
ただ、キミが居てくれて本当に良かった。

